かつては不安と共に

ここのところかなり難しい…というか、ストレンジなチャレンジが続いていた。 いや、今年は結構その色合いが強かったかもしれない。勝手知ったることよりは未知のことが多かった。

基本的に私は自信家ではなく、分析に寄っているので、評価できない事柄というのは基本的に自信がない、つまりは不安である。

だが、さすがに私はコンピュータ歴も長いし、そのほとんどは学習や非知的生産ではなく道を拓くことに費やしてきた。 なにかをしようとしてつまずきなく成果が出るようになったのはここ2年くらいだと思う。それ以前には相当に案を練ってうまくいく確信があったのに、実際にやってみるとそもそも理屈通りに動かないというようなことで頓挫することがよくあった。

しかし、無駄だとは思わなかった。その過程で被害は大きかったが1、うまくいかないことをネガティブには捉えていなかった。 むしろ、昔とは違う、誰も経験のしたことのないトラブルでも今私は立ち向かえているということに喜びを覚えてすらいた。 不十分な知識と過剰な評価に不安しかなかった昔とは大違いだ、まさに私は今望んだ結果の上に立って戦っていると思えていた。

戦えるようになって、躓きながら前進する

それはひとつの結実だったけれど、ようやく戦えるようになったに過ぎなかった。 表立っての発言をやめ、活動も控えてひたすらに研鑽を積んでまで望んだスタートラインだ。 「いつか私は思い描くものが正しいことを証明していられるときが来るのだろうか」、そう思いながら「本質的には正しいが難なく成功へとはたどり着かない」道を(機械的故障などの不運にも見舞われながら)歩んでいた。

事業をはじめてからはなおのこと色濃かった。得意ではない、むしろできないという確信すらあることに手探りで進む。 何かを信じて目をつぶって飛び込むのはもとより行動力に難のあった私にとってはお得意で、多分最初は音楽家として弟子入りしたときだろう。 「いわゆる社会人としての経験もないけれど、教えてくれる人がいるわけでもないけれど、事業をはじめる」という決断は一見無謀で…しかしながら実際のところ戦えるだけの材料は揃えていた。なにせ、計画は5年も練って準備していたのだ。そのための研鑽だって積んだ。 私の中に判断基準ができるまで丸2年はかかったが、成果のでない中でも確かな手応えは感じていた。

コンピュータでも事業でも、その結実を問う成長の過程がしんどかったことは間違いない。 確かに昔とは違う、戦えているということに喜びを感じながらも、一方でうまくいかないことに苛立ちも感じていた。 もちろん、自分を納得させる方法はある。過去の自分がこのように戦えるかを考えれば一目瞭然ではある。だが、完璧ではない自分につきまとう不安は消えない。

私が不安の中で戦うことを覚えたのはバイクだった。 私はバイクの才能があった。だから、大概のことはできたのだが、これは「最初からできる」から経験による裏打ちがない。 できるという自信はないのだが、やってしまえばできる――という状態は私にとっては未知のものだった。 考えれば考えるほどできる気はしない、が直感はできると囁く。飛び込めば結果になる。だから直感を信じて飛び込む、自分の中にあるものを信じる、ということを私は覚えた。

この世界でもっとも存在する価値がないと信じさせられていた私にとって、超越の境地にたどりついたことは絶望であり、そしてそこからの道は自分に自分を証明するものだった。 冷静な観測者たる私は私に「できるだろう」と言う。いつからか、足は竦まなくなった。

いつのまにか追いついた実力

結実は2017年。ついに私は躓かなくなった。 机上の回答と実践の結果が一致するようになった。そしてついに、「経験のないことの結果を正しく予測できる」ようになった。

未知のことに対する見積もりというのはとても難しい。 だが、業務上、私は過去にやったことのないことをやらねばならないのであり、その見積もり(こちらは金額的な意味だ)というのはやる前に出さなくてはならない――やってから出していたら大赤字だ。 それ以前は結構なミスがあった。軽くみていて実際にやってみたらそんなに簡単な話ではなかったということのほうが多かったが、難しく見積もりすぎていて過剰だったことも1回だけある。 だが、コンピュータのスキルと、なにより経験が高まって考えるべきポイントがわかるようになってきた。仕事の経験を積んで金額の設定を行うポイントが見えるようになってきた。

迎えた2018年、いままでとは異なるタイプの難しい課題が続いた。 このような状況はどこぞのIT企業でも経験しているはずだ。 「今までやっていないことを要望されて、できるかどうか確信は持てないが、なにかしら回答はしなくてはいけない」。 わからないと言うのか、できないと言うのか、難しいと言うのか、調べるからと回答を保留するのか、などなど選択肢は豊富だ。 だが、受ければ私の場合はそこが最終責任なので果たさなくてはいけないし、安易には答えられない。だが、顧客を不安にしないためにもできるだけ正確に、かつ明確な答えを返したいところだ。

今年の難しい課題にはどれも、「検証しなければいけないので確実ではないが、アイディアはあり、できると考えている」という主旨で返している。 だが、この時点で私にとっては未知のテクノロジーも含まれていたし、正確にいえば守備範囲でもなかったので、さすがに確信をもって応えられない…のだが、私のうちには確信があった。「やったこと」はないから今すぐにコードが書けるわけではないが、使うべきツールは思いつくし、実現可能に思えるアプローチもいくつも思いつく。そこまでの責任がなければ「できるはずだ」と言っていただろう。

蓄積が導いてくれる

この感覚というか、嬉しさというかはなかなか伝えるのが難しい。 やったことはないのだ。特にできるという実績もないのだ。だが、確かにできるという感触があるし、その方法というのも私の中にある。調べながらとはいえ、今すぐに検証コードを書き始められるくらい(実際帰宅してそのまま検証コードを書いているし、その検証コードはいずれも理想的に動作した)なのだ。

言うなれば、私の中に、私より格上の私がいて、確信を持ちきれない私に「それはできるよ」と囁かれるような感覚とでも言おうか。 そして、それは確かに事実だ。正規ルートにある経験や実感を飛び越えて、私の中に積み上げられたものが直感となってその解き方を見せてくれる。 それは、根拠のない自信などではなくて、明確に答に導いていてくれていたことはすぐに、浮かんだイメージがどれも正解だったことで明らかだった。

あるいは、個人スポーツで大会でボロ負けしたあと、ひたすら基礎練し、ときどき元トッププロとの練習試合でボロ負けすることを繰り返した末に出場した次の大会で、前回ボロ負けしたはずの強敵が雑魚に感じられてしまう…みたいな感じと言ったほうが伝わるだろうか。

その未知のテクノロジーを扱う中で、予想通りでないことは当然に出てくる。 使ったことのないライブラリの振る舞いを熟知しているはずもない。 その場で試して、予想と違う振る舞いをし、「この方法は使えない」とわかる。 私は、「ちょっとこの方法はダメそうですね」と言うし、今用意していた手が使えないとわかれば、当然「ちょっと難しいですが、なにか方法を考えてみます」と言う――のだが、実際そのときにはもう私の頭は激しく動いていて、既に答らしきものを導きだしていた。 だが、まだそれは言えない。試さなければ確かなものではないし、打ち合わせの場は実験場ではない。責任者としては考えてみるという答は適切だ。 ――果たして、私は正しい答を既に見出していた。「難しい」と言いながら頭の中に浮かんだ式は、まさに望ましく動作した。あまりにも鮮やかに解にたどり着いてしまったがために、「難しいですね」と言いながらちょっと上の空はご愛嬌…ということにしていただきたい。

私がいつの間にそんな境地にたどり着いたのか、正直よくわからない。 コンピュータを追求したことのある身であればわかるだろうが、コンピュータにおいて「正しかろう」ことを考えることと、考えることが正しいことには著しい差がある。正しいと思ったことは大概一発ではうまくいかないし、一発でうまくいくことなんて本当に珍しい。

はずなのだが、私はそのことについて考えはじめたときには答がどこにあるかは見えている状態になってしまったわけだ。 まるで優秀な科学者のようではないか!!2

特に私に明確な成長の実感や、特別な自信があるわけではない。 どちらかといえば、その応答の根拠になった見積もりには自信がなかった。「思いついたものが間違っていたら、ちゃんと方法を思いつくだろうか。できそうな気はするけれども…」程度の気持ちで回答しているわけだ。 ところが、その回答を用意する間に実際には答が見えてしまっている。

つまり私の地力は、私が思う以上に確かなものになっていて、慎重な私の見積もりに反して、確かな答にたどりつくことができるだけのものになっていた。 それを為し得たのは、私がずっと成長や進歩を感じることができないまま、ずっと戦い、躓き続けてきた中で積み上げてきたものがそうさせるのだろう。

だから、改めてすごく実感した。 例え確かな実感がなくても、そうやって積み重ねてきたものは、蓄積は、裏切らない。 確かな力になっているのだと。


  1. 最も大きいのはやはりLUKSが解除不能になりかなり多くのデータを損失したことだろう。

  2. 「随分と難しいことを言うな君は。そんなことしたこともないからわかるわけがないだろう。 …いや、でもそうだな…あれをこうして…いや、そうだとあれが問題になるから… あぁ、そうだな。ちょっと思いついたことがあるんだ」 みたいな感じ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください